北中城指定史跡
中城若松の墓
若松は、中城若松とも安谷屋の若松とも称され『 おもろさうし 』にもあっぱれな少年として謡われている。
玉城朝薫作・組踊『 執心鐘入 』(1719年)でに主人公のモチーフとなった人物とされている。
若松は、尚円王(金丸)と安谷屋ノロとの間に生まれたとの伝承もあり、長じて安谷屋城主になり、のち首里に上り、上間村(現在の那覇市上間)の地頭職に就き、『 章氏 』の始祖となったといわれる。
死後、安谷屋のこの地(通称:ユナハン岳)に葬られたと伝えられる。
若松に関する歴史的伝承だけでなく墓所の周辺には、安谷屋発祥の地とされる安里原(俗称)に若松の屋敷跡や火の神(移設)があり、その隣に安谷屋グスク、墓の裏には若松の妻と母親の墓もあって、この地は、若松の実在を示す由緒ある場所となっている。
岩山に塔型(上に宝珠)のセメント製の祠が設置され、現在、それが墓として拝されている(香炉の後ろを墓とする見方もある)
文化財を大切にしましょう。
案内板より