史跡『 棚原旧宮里家屋敷跡 』西原町棚原
『 棚原旧宮里家屋敷跡 』は、西原町内でも数少ないフクギを中心とした屋敷林や沖縄の伝統的屋敷の特徴的建造物が残された空間であるとして、平成26年3月17日に町指定史跡となった。
屋敷跡地内には、沖縄の伝統的な屋敷の特徴的な建造物といえるウヮーフールやヒンプン、筋道から屋敷入口まで続く石畳や石段も状態よく残されている。
ウヮーフールやヒンプンは、中国から伝来したといわれ、沖縄に伝わる信仰や俗信と結びついている。
ウヮーフールとは?
ウヮーフールとは豚の飼育小屋を兼ねたトイレである。
石積みの区画がなされ、屋根は石造りアーチ形で、床は石敷きで、前方に用をたすところであるトゥーシヌミー(東司(とうす)の穴)があり、前方に向かって勾配がつく。
この中に豚を数等飼う。
人がトゥーシヌミー(東司(とうす)の穴)で用をたすと、豚が排泄物を処理する。
大正期になると都市衛生上悪いので禁止されました。
フール(※方言で『 トイレ 』のこと)には、屋敷でもっとも権威のある神(フール神)がいると信じられた。
夜、帰ってきたら家に入る前にウヮーフールの豚を起こして鳴かすことによって、魔物を追い払うことが出来ると信じられていたそうです。
同屋敷跡に残る母屋の石柱は2間ほどの距離で、当時かやぶきの別棟であった母屋と台所の間には、雨除けを兼ねた樋が通っていたという。
建物は戦災で破壊されたため戦後は居住者がおらず、屋敷建造物跡等がそのまま残された。
床は石敷きといった典型的な沖縄の石造技術が活かされている。
棚原集落内道路から屋敷入口までつづく石畳および屋敷西側の石畳は、人頭大の石灰岩をまばらに敷き詰め、その間に拳大の小さな石が密に詰められている。
棚原には同様な造りの石畳道がみられたというが、現在ではほとんどが姿を消している。
歴史公園を訪ねてみてはいかがですか?